
この度、CON_とparcelは、共同展として横手太紀の個展「to make today lovely, too / to make today lonely, too」を2026年6月27日(土)から7月26日(日)まで開催いたします。 横手は、日常のなかで名前のない存在や見過ごされた時間に目を向け、動きをもたせた彫刻やインスタレーション、映像、写真などを通じて、その背後に潜む見えない物語を浮かび上がらせてきました。本展では、parcel(2F)に「to make today lovely, too」、CON_(4F)に「to make today lonely, too」と、一字だけを違える二つのタイトルを掲げ、同じ形をもつ空間に対照的な経験を立ち上げる、新作による2会場個展を展開いたします。 CON_ and parcel are pleased to present "to make today lovely, too / to make today lonely, too", a co-hosted two-venue solo exhibition by Tokyo-based artist Taiki Yokote, on view from June 27 (Sat) to July 26 (Sun), 2026. Yokote has long focused on nameless presences and overlooked moments within the everyday, bringing to the surface the invisible stories that lie within them through kinetic sculpture, installation, video, and photography. In this exhibition, two venues take on titles differing by a single letter—to make today lovely, too at parcel (2F) and to make today lonely, too at CON_ (4F)—presenting new works that raise contrasting experiences within two spaces sharing the same form. — Exhibition Title: to make today lovely, too(parcel)/ to make today lonely, too(CON_) Artists: 横手太紀 / Taiki Yokote @ykttik Dates / 会期: 2026.6.27 (SAT) – 2026.7.26 (SUN) Opening Reception: 2026.6.26 (FRI) 18:00–21:00 Open Hours: Wed–Sun 14:00–19:00 Closed: Mon, Tue Design: Heijiro Yagi @heijiroyagi at: CON_(4F)/ parcel(2F)@con_tokyo_ maruka 2F & 4F, 2-2-14 Nihonbashi Bakurocho, Chuo-ku, Tokyo Open : Wed–Sun 14:00–19:00 Closed : Mon, Tue, public holidays, unless announced otherwise Web: https://www.contokyo.com/ IG: https://www.instagram.com/con_tokyo_ 作品に関するお問い合わせは、info@contokyo.comまでご連絡いただけますと幸いです。



横手太紀 / Taiki Yokote 1998年生まれ。神奈川県逗子市育ち。2021年東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。2025年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。 横手太紀の実践は、身の回りの景色や出来事によって揺さぶられる感情から始まる。存在と不在、非言語的なやりとり、目では捉えきれない微細な存在や事象。横手は物質とその背景にある見えない交感に目を向け、それらを丁寧な眼差しによって、集合体のなかに埋もれた個の存在や、多様な時間の流れを浮かび上がらせる。人間と非人間、現在と記憶、現実と想像が自然と同じ場に流れるなかで、そうした他者との静かな共鳴はそのあわいへ目を向ける態度であり、私たちと社会や世界とのより深い接続を促すものである。 主な展覧会に、「Frieze Seoul 2025」(COEX、ソウル、2025年)、「Minor Attractions 2025」(The Mandrake Hotel、ロンドン、2025年)、「West Bund Art & Design 2024」(西岸芸術中心、上海、2024年)、「BOLMETEUS」(SAI、東京、2024年)、「until soil unites」(CON_、東京、2024年)、「六甲ミーツ・アート2023 beyond」(六甲山、兵庫、2023年)、「even a worm will turn」(parcel、東京、2022年)、「惑星ザムザ」(小高製本工業跡地、東京、2022年)、「Encounters in Parallel」(ANB Tokyo、東京、2021年)、「獣(第0章 / 交叉時点)」(北千住BUoY、東京、2021年)など。 Born in 1998. Raised in Zushi City, Kanagawa Prefecture. Completed his BFA in Sculpture at Tokyo University of the Arts in 2021, followed by his MFA in Sculpture in 2025. Yokote's practice is rooted in the emotions stirred by the landscapes and events of his immediate surroundings: presence and absence, non-verbal exchanges, minute existences and phenomena that flicker on the edge of perception. Drawn to both the material world and the invisible forces that move beneath it, Yokote, with a quiet gaze, lifts individual existences buried within larger collectives and uncovers the multiple currents of time that run through them. As the human and non-human, present and memory, reality and imagination flow naturally into the same space, this quiet resonance with others reflects an attitude toward the spaces in between—through which a deeper connection between ourselves, society, and the world quietly emerges. Selected exhibitions include Frieze Seoul 2025 (COEX, Seoul, 2025), Minor Attractions 2025 (The Mandrake Hotel, London, 2025), West Bund Art & Design 2024 (West Bund Art Center, Shanghai, 2024), BOLMETEUS (SAI, Tokyo, 2024), until soil unites (CON_, Tokyo, 2024), and even a worm will turn (parcel, Tokyo, 2022), among others.
アニマのダンス、あるいは、その荷物を背負うとき —— 横手太紀個展へ寄せる予兆 宮澤佳奈 横手太紀の作品を目の前にするとき、私たちは知らず知らずのうちに、「アニマ」と対峙している。 ラテン語の「アニマ(anima)」は、呼吸や空気、ひいては魂や生命を意味する名詞である。その語源には「命を与える」「生き返らせる」という意味の動詞「animare」があり、今日の「animal(動物)」や「animation(生命や動きを吹き込むこと、アニメーション映像)」といった馴染み深い英単語にも連なっている。 うねりを帯びて動き続けるブルーシート、自転車カバー、ビニール袋といった日用品たち。地面から数センチ宙に浮き、一定のスピードで回転し続けるコンクリート片や、ピザの箱、ハンバーガーの包み紙。横手の作品ではしばしば、生活に身近なモノが通常ではあり得ない振る舞いで動く。前者がより有機的で、あたかも新たな生命体かのような動きを持つのに対して、後者は重力への抵抗と回転という、より明瞭で機械的な動きを持っている。しかしこうした差異にかかわらず、私たちの多くは、これらのモノがたんに動かされているのではなく、おのずと動いていると感じるのではないだろうか。これらを、「アニメイテッド・オブジェクト」——すなわちアニマを吹き込まれたモノ——として捉えてみたい。私たちがモノをそのように見るに至る条件は、横手作品の魅力と密接に繋がっている。 その理由の一つには、メカニズムや動力源の不可視化が考えられる。「うねり」の作品においては、内部に何らかの機器があることは推測できても、その複雑な動きの動力は容易には把握できない。「浮く」作品では、モノが重力に抗うだけでなく回転を続けるメカニズムが、地面からの切断によってさらに巧妙に不可視化されている。しかし同時に、具体的な機構や技術的な難易度は、作品の背景情報へと押しやられていく。ここで前景化されているのは、私たちが普段モノに関連付けている「そのものらしさ」——コンクリートの塊は地面に落ちているべきであるとか、ブルーシートはひとりでに動かないはずである、といった固有性——が裏切られる感覚だからである。 横手の作品におけるモノから「アニメイテッド・オブジェクト」への変容において、「表皮」も興味深い要素である。初期の「浮く」作品に登場する食べ物の容器や包み紙は、私たちが生活の中で触れる表皮の最も身近な例である。同時に、2021年頃から見られるコンクリート片などの建築物の瓦礫もまた、私たちを取り囲んでいた建築的な表皮の断片として捉えることができる。 クリスト(1935-2020)は1950年代後半から1960年代に、ターポリン防水布やキャンバス地でさまざまなオブジェを梱包したり覆う作品を発表した*1。これらの作品においては、オブジェが、新たな表皮による機能の喪失や形態の変容により、逆説的な存在感を得る、という解釈がある*2。他のモノを覆ったり入れたりするという用途や、中身が見えない不透明性において、クリストのターポリンと横手の自動車カバーやブルーシートは類似している。しかし横手の作品の場合、日常での表皮としての用途とは異なる造形、そして動きによって、中身に代わって表皮そのものが「人格*3」とでも言うべき新たな在り方へと変容していると言える。 つまり横手の作品において、モノは「動き」によって、私たちが通常それに結びつけている固有性から逸脱するだけではない。普段は何かの外側や覆いとして認識されるモノが、もはや何かを包むためではなく、特異性を持った「そのもの」として動き出すという、二重の変容を起こしているのである。 表皮は、横手の作品におけるもう一つの「アニマ」——すなわち「animal(動物)」——とも接続している。横手の作品にはこれまでしばしば、動物の毛皮そのもの*4に加え、フェイクファーや毛足の長い布地など、動物の表皮を想起させるモノが登場してきた。また親密な他者としての「動物的さ」は、名前や痕跡、空間に漂う微細な物質を通じても現れる。横手は「浮く」作品に登場する小さなコンクリート片たちに、友人たちの飼い犬の名前を与えてきた。また大学院修了展で発表した作品では、すでに居ない動物が家の壁に残した痕跡を精密にスキャンし、拡大して壁面に彫刻している。さらに複数の映像作品では、自身のアトリエなどに舞う埃を、夜空の星々のような煌めきとして撮影しているが、横手はその埃の中に、すでにいないペットの毛や人間の肌といった表皮も含まれていることを強調する。動くはずのないものが、モノとしての固有性を裏切って動くときにアニメイテッド・オブジェクトになるとすれば、こうした動物を扱った作品は、そもそもの「固有性」の前提にある生物と無生物という二項対立そのものへ疑問を呈していると言えるのかもしれない。 匿名的で交換可能なモノに動きと名前を与えること。横手の作品において、それはモノを擬似的に生命化するための操作ではなく、新たな関係を結び直すための契機である*5。そこでは、アニマはモノの内部に宿るものではなく、モノの振る舞いの変容と、私たちの認知が呼応し合う、いわば異なるものたち同士のダンスとして現れている。 *** 馬喰町にある同じビル内の二つのギャラリーで、横手太紀の個展が開催される。ほぼ同じ間取りと面積を持つ二つの会場には、それぞれ「to make today lovely, too」(parcel)と「to make today lonely, too」(CON_)という、わずか一文字だけを違えたタイトルが与えられている。lovely と lonely。すばらしい今日と、孤独な今日。それは、横手の作品におけるアニメイテッド・オブジェクトの両義性を連想させる。すなわち、身近なモノと新たな関係を結ぶことの喜びと、その同じ変容がもたらす不穏さや恐怖である。 横手はこれまで、動物の毛皮やフェイクファー、動物の痕跡といった要素を本来の文脈からずらすことで、モノと動物、生物と無生物の境界を揺さぶってきた。本展では、彼がかつて飼っていた犬をモチーフとしたぬいぐるみの作品が発表されるという。ぬいぐるみは動物を模したかたちでありながら、すでに愛着や感情移入の対象となるモノであり、同時に商品としての性格も持つ。その既存の親密さは、本展の中でどのように展開されるのだろうか。 また、二つの会場をつなぐ存在として構想されているのが、使用済みのかばんを用いた動く作品である。かばんは、身体の延長として持ち主の生活の痕跡を引き受ける一方で、使われなくなった瞬間に、ただのモノへと戻ってしまう。ここでかばんは、身体に背負われる物理的な荷物であると同時に、「エモーショナル・バゲッジ」——精神的負荷の重さ——でもあり、その中には、展覧会のタイトルにあるような希望も絶望も入っているのかもしれない。私たちは日々、誰かの幸福と、世界のどこかで個別の生が失われているという絶望のシグナルを、交互に、絶え間なく受け取っている。その反復の中で、自分ではないもの、完全には理解できない他者、すでに失われたかもしれない生に対して、どのように向き合うのかを選び続けなければならない。 「背負う」という行為は、荷物を運ぶことにとどまらない。それは、自分の外側にある存在と関わるための責任や勇気を、重さや不安を伴ったまま引き受けることでもある。アニマとは、生命そのものではなく、モノや動物や記憶が、人間の理解を少しだけ外れたところでこちらを見返してくるような連関である。この個展は、まだ見ぬ新作群を通して、どのようなアニマのダンスが踊られ、そして私たちにどのような荷物が手渡されるのかを目撃する場となるだろう。 *1 Christo and Jeanne-Claude, “Packages and Wrapped Objects,” Christo and Jeanne-Claude Foundation, https://christojeanneclaude.net/artworks/packages-and-wrapped-objects/ *2 富士栄厚『クリストとジャンヌ=クロードの環境彫刻』50頁。 *3 ここでいう「個別性」や「応答可能性」は、エドゥアルド・コーン『森は考える——人間的なるものを超えた人類学』などにおける、人間以外の存在を、単なる客体ではなく、記号過程や関係性の中で意味を持つ存在として捉える人類学的議論に示唆を受けている。Eduardo Kohn, How Forests Think: Toward an Anthropology Beyond the Human, University of California Press, 2013. *4 横手は作品で動物の毛皮を用いるにあたり、事故等ですでに亡くなった動物のものを選んできたという。2026年5月6日、横手氏のスタジオでの筆者との会話より。 *5 本稿における「アニマ」の理解は、新アニミズムの視点から、アニメーションを「単なる動きや生命の再現、もしくは付与」ではなく、モノの「反本質的」な変質現象として捉える洪愷均の議論に示唆を受けている。洪愷均「変質の美学——新アニミズムの視点からアニメーションの定義を再考する」『The Japanese Journal of Animation Studies』第24巻第1号、日本アニメーション学会、2023年、21–30頁。